歌舞伎 「○○屋!」合いの手を入れているのは誰?

歌舞伎 「○○屋!」合いの手を入れているのは誰?

「○○屋!」「待ってました!」等、歌舞伎を観ていると、どこからか声が聞こえてきます。一体、誰がどこから言っているのか、不思議に思いませんか?
今回は、歌舞伎の観劇における「合いの手(掛け声)」についてご紹介します。
予備知識を深めると、初めての歌舞伎が、より楽しめるようになりますので、是非、目を通してみて下さい。

「大向う」さん!合いの手を入れているのは応援のプロ

絶妙なタイミングで声を掛けているのは、「大向う(おおむこう)」と呼ばれる観客で、一番遠い座席「大向う」に座る、歌舞伎通の方々です。
基本的に、掛け声は誰が行っても良いことになっており、「大向う」の許可は必要ありません。

しかしながら、歌舞伎の中には、観客の掛け声を利用した演出があり、その掛け声がないと進行出来ないような舞踊もあるので、初心者のうちは、芝居と共にプロの掛け声も楽しむと良いかもしれません。

意味は2つ!「大向う」とは何か

そもそも「大向う」とは、舞台から最も遠い客席のことを指します。
「大向う」という座席は舞台から見た向う側であり、「お客様は神様」という発想から、敬意を表す「大」を付けて「向う」と呼ぶようになったそうです。

また、遠い客席=安価な席に足繁く通う常連のお客さんのことを指す隠語としても使われるようになりました。
汎用語にもなっていますが、「大向うを唸らせる」といえば、そのような芝居通も感嘆させるほどの名演であることを意味します。

スカウト制!?「大向うの会」に入るには

「大向う」さん達は「大向うの会」に所属しており、入会には会員からのお誘い、即ちスカウトが基本だそうです。
入会における重要な条件は、「頻繁に歌舞伎を観に通えるか」ということである上、スカウトされてから直ぐに入会出来るわけではなく、1年以上掛けて、人柄や声の掛け方、立ち居振る舞い等のチェックに合格する必要があります。

「大向うの会」の入会が容易ではない理由

「大向うの会」の会員は、木戸御免(きどごめん)という、料金を払わず劇場に入れる許可証を手に入れることが出来ます。
劇場は、「大向う」が掛け声で歌舞伎を盛り上げてくれることを期待して、許可証を発行している為、「大向う」として、適当なことは出来ないということです。

歌舞伎に「大向う(掛け声)」が必要な理由

一見、歌舞伎は静かに鑑賞する方が良さそうですが、なぜ、歌舞伎に掛け声が必要なのでしょうか。
実は、アイドルのコンサートで「推し」を応援することに類似して、歌舞伎においても以下のような意味があります。

  • 舞台全体を盛り上げる
  • 歌舞伎役者の気持ちを盛り上げる
  • 舞台構成の一部
  • 「大向う(掛け声)」が掛かるタイミング

    演目の見せ場でタイミングよく掛かる「大向う(掛け声)」は、観客のみでなく役者の気持ちも高め、会場全体を盛り上げます。
    「大向う」さん達は、どのようなタイミングで声を掛けているか、なんとなく頭に入れておくと、初めてでも、芝居の盛り上がり所がわかりそうです。代表的なタイミングはこちらです。

  • 「見得(みえ)」が決まった瞬間
  • 役者が舞台に登場する際
  • 花道から役者が登場or捌ける際
  • 歌舞伎を盛り上げる「大向う(掛け声)」の種類を紹介!

    ①役者の屋号

    歌舞伎役者は姓名ではなく、屋号で呼び掛けるのが礼儀だそうです。

    屋号とは何か

    江戸時代に、それまで身分が低いとされていた歌舞伎役者も、商売を始めて良いことになり、それに伴い「○○屋」と付けた名前が屋号となりました。

    ちなみに、老舗の旅館やお店などにも屋号があります。

    屋号の例

    役者名 屋号
    松本 幸四郎(まつもと こうしろう) 高麗屋(こうらいや)
    市川 海老蔵(いちかわ えびぞう) 成田屋(なりたや)
    中村 勘九郎(なかむら かんくろう) 中村屋(なかむらや)
    尾上 菊五郎(おのうえ きくごろう) 音羽屋(おとわや)
    片岡 仁左衛門(かたおか にざえもん) 松嶋屋(まつしまや)
    中村 吉右衛門(なかむら きちえもん) 播磨屋(はりまや)
    坂東 玉三郎(ばんどう たまさぶろう) 大和屋(やまとや)
    中村 芝翫(なかむら しかん) 成駒屋(なりこまや)

    ②役者の代数で掛ける掛け声

    歌舞伎役者は何代も継承されている名前が多く、「○代目!」という「大向う(掛け声)」もよく耳にします。
    但し、歌舞伎の世界では通常「九代目」といえば九代目 市川團十郎のこと、「六代目」といえば六代目 尾上菊五郎のことを指すので、「九代目」「六代目」という声が掛かることはないそうです。

    読み方に注意が必要な代数

  • 四代目:だいめ
  • 七代目:しちだいめ
  • 九代目:だいめ
  • ③汎用的な掛け声(場の雰囲気に合わせた掛け声)

  • 「日本一!」
  • 「待ってました!」
  • 「いよっ!ご両人!」等
  • ④「大向う」さんからのメッセージ

  • 「たっぷり! / たっぷりと!」(存分に楽しませてくれ)
  • 「よくできました!」(期待どおり)等
  • 「大向う(掛け声)」のマナー・ルール

    基本的には誰でも声を掛けて良いことになっており、特別にルールがあるとはいわれておりませんが、その多くは暗黙の了解で成り立っています。代表的なものを表記したので、是非、目を通してみて下さい。

    <ルール1>芝居の雰囲気を壊さないように配慮

    「台詞の途中で掛け声を掛ける」「名前を間違える」等は、舞台の雰囲気を壊し兼ねます。
    その為、「大向う」さん達は、舞台初日の前に、誰がどの屋号で何代目なのか、どの場面及びタイミングで声を掛けるのかしっかりと勉強をするそうです。さすが、応援のプロですね。

    <ルール2>客席の後ろの席から声を掛けるのが礼儀

    前方の客席から声を掛けてしまうと、舞台との距離が近い為、役者を驚かせてしまう可能性があります。
    後方座席から声を掛けると、広い天井に反射してちょうどよい耳心地になる為、「大向う」の座席位置から声を掛けることが良しとされています。

    <ルール3>「大向う(掛け声)」は男性のみ

    基本的に歌舞伎は男世界で、舞台上には男性役者のみである為、「大向こう」も男性が行うとされているようです。

    <ルール4>「張りのある声」で行う

    大きく張りのある声は、芝居をより一層引き立てます。