「歌舞伎座で櫓揚げ」とは何のこと?

「歌舞伎座で櫓揚げ」とは何のこと?
歌舞伎座の入り口上部に
紫色の幕が掛かった
四角い構造物を見たことが
ありませんか?

実はあれ、単なる劇場の装飾
…ではないんです!

今回は、歌舞伎座に揚がる
櫓(やぐら)について紹介
します。

歌舞伎座に行ったことがある方もそうでない方も、
今まではなんとなーく見ていた櫓には
昔から伝わる重要な意味が
込められていたんです!

その意味を知りたい方は、
是非、最後までお目通し下さいませ。

櫓(やぐら)とは

そもそも櫓とは、
日本の古代より伝わる
構造物・建造物・構造
などのことを言います。

また、櫓には
いくつかの種類があります。


例えば、地域のお祭りや
盆踊り大会に行くと
会場の真ん中に
筒状の大きな構造物が
ありますよね。

あれは、祭り櫓です。
提灯が飾られていることもある、この祭り櫓の上で、
太鼓を叩いたり音楽を演奏したりします。


そして、歌舞伎に関連する
櫓と言えば芝居櫓です。

幅3.3m 高さ2.7mで、
人ひとりが乗れるほどの
籠のような骨組みに、
2本の梵天と5本の槍を組み合わせ、
座紋を染め抜いた幕で囲っています。

櫓は幕府が認めた劇場の印

では、この歌舞伎の芝居櫓には
一体どのような意味があるのでしょうか。

実は、歌舞伎が大流行した江戸時代、
櫓を揚げて興行することが出来たのは、
幕府から認められた劇場だけだったのです。

というのも、
歌舞伎の歴史を知っている方は、
なんとなく想像がつくと思うのですが、
当時の歌舞伎は、女歌舞伎や
若衆歌舞伎によって
江戸の風紀を乱すもの“として
幕府より目をつけられていました。

歌舞伎は、江戸の町人にとって
大人気の娯楽だったので
歌舞伎自体を禁止にすることはなかったものの、
江戸幕府は、興行における厳しいルールを
設けていました。

そういった背景があり、
幕府が決めたルールを守って
信頼がある劇場のみ
入り口に櫓を掲げることで
幕府公認の芝居小屋であることを
示していました。


また、江戸中期から後期にかけて、
数多くの芝居小屋がある中で、
この芝居櫓を掲げることが出来たのは
中村座・市村座・森田座
江戸三座と言われる
芝居小屋だけでした。

歌舞伎の歴史について
学びたい方はこちらへ!
歌舞伎の歴史を簡単に解説!始まりは1人の女性から

羽田空港にも櫓がある!?

歌舞伎座の櫓は
年中揚がっているという
訳ではありません。

通常、11月の顔見世から
1か月間掲げられるので、
残念ながら、櫓を見られる期間は
決まっています。

しかし、せっかく櫓について
知ることが出来たので
是非、一度は見てみたいですよね。

そんな方に、朗報です!

なんと、羽田空港第3ターミナルで
芝居小屋と櫓を見ることが
出来る
のです!

羽田空港第3ターミナル4階
江戸小路は、その名の通り
江戸の町並みを再現した空間で、
訪れた人々をまるで
タイムスリップしたかのような
気持ちにさせます。

それもそのはず…

なぜなら、
この江戸小路内の建物は
全て無垢材を使用し、
手カンナで仕上げる
従来の日本式工法で
数寄屋建築の名匠が手掛けた
本物の建物だからなんです。


さらに、これら建物の中には、
十八代目 中村 勘三郎さんが
監修した江戸時代の芝居小屋があります。

芝居小屋の入り口には、
演目の様子が描かれた看板があり、
上を見上げれば立派なが揚がっています。
ここでは、思わず立ち止まって、
写真を撮る人々も少なくありません。

海外からの観光客だけでなく
日本人にとっても魅力的な
羽田の江戸小路は、
歌舞伎座で櫓を見逃がした方や、
櫓がどんなものなのか知りたい、という方には、
うってつけのスポットではないでしょうか。

東京国際空港ターミナル
(羽田空港第3ターミナル)公式HP:
https://hellohanedatokyo.com/jp/

まとめ

今回は、江戸時代からの由緒ある
顔見世の象徴「櫓」について
紹介しました。

昨今の世情からなかなか遠出が難しい時期ではありますが
今のうちに歌舞伎関連の情報を収集し、
初めての歌舞伎鑑賞は
準備万全の状態で臨めるといいですね!